雨のせいではない

帰ろうとしたら、傘がなくなっていたらしい。そんな体の高校生男子は、塾の建物を出て雨の中を歩き出した。「先輩!」、建物から走って高校生女子が傘を持って出てきた。傘が見つかったわけではなく、女子が「先輩」に傘を貸そうとしているのだ。「先輩」は、「いいよ。お前が困るだろ?」と言ったが、女子はあとで親が迎えに来るからいいんですと、傘を「先輩」に握らせて、建物の中に慌ただしく戻っていった。ふわっといい匂い。雨は結構降っていたが、シャワーのように柔らかかった。
のにさ。
その日、ラウンド業務で変な質問をされ、それをうまいこと裁ききれずに変な汗をかいてしまい、自分からおじさんみたいなスメルがしている気がして、通りすがりの高校生やオサレ女子に「クサッ!」とか思われないかどうか、気が気じゃなかった。
靴も濡れてしまい、あとの手入れを考えると憂鬱になる。
靴磨きとアイロンがけは苦手である。変な質問は確かに変だしインモラルなのだけど、ある意味真理をついているようではあった。
「どうして働いて稼いだお金なのに、税金とられなくちゃいけないんですか?」って。30過ぎた大人が子供かよオイと思ったが。受けきれない技は受けないというのが、プロレスから学んだことだ。だから、こういうのは、「議を言うな」とか「情けなくないかね」と笑顔で刺しとけばいいのだ。笑顔に失敗して、ただ刺してしまった。お互い気まずくなった。僕はこれから、笑顔でキツいことを言う技術を磨かないといけないのだ。差し障りない嘘の付き方とともに、僕が身につけないといけない技術にリストアップした。しかし、大人ってのは、傘を「先輩」に渡しに行ける高校生女子のように、さわやかではいられないのだね。悲しいよ。残念だ。